日本軍の躊躇
ところで、日本に勝機があった戦争の初期段階の日本軍の躊躇(ちゅうちょ)の原因は何でしょうか。
私はその第一の原因として、朝鮮や台湾における日本の素晴らしい統治、満洲国の成功などに見られるように「日本人は白人ほど徹底的な破壊はしない」という特徴を挙げたいと思います。
もし、大東亜戦争のときに織田信長のような司令官がいれば、敵を徹底的に叩き、相手を熾滅させるまで戦いを止めなかったでしょう。
ハワイ急襲時にも、第三波攻撃を続けるべきと主張した軍人もいましたが、現地のトップの司令官は優柔不断の官僚軍人であり、連合艦隊の司令長官の山本五十六も攻撃軍の司令官が自分の先輩であることもあって、「司令官は予定の攻撃だけで引き上げてしまうだろう」と客観的なことを言って、攻撃続行などの強い命令は出していません。
マレー方面でもイギリス軍に対する追撃が弱かったのは、もともと「この戦争はABCD包囲網」に対して、「日本は仕方なく戦争するのだ」という気分があったからと思われます。21世紀になった現在でも「戦争はできればするべきではなかった」という意見が大半ですが、ここには「日本の外に出ていく戦争は悪だ」という日本人の基本的な考え方があると思われます。
つまり、日本は明治の終わりの日露戦争と同じく、「攻めて来たから仕方なく戦った」という気分だったのです。だから、アメリカ本土攻撃、インドのイギリス軍攻撃などをせず、また植民地を占領している白人を相手に果敢に戦いましたが、一方で、植民地で呻吟しているアジア人と呼応して「解放戦争」をしたりする積極的で政治的な戦いをすることを怠ったのです。
これは日本人が本質的に穏やかな民族であり、白人、特にアーリア人がどう猛な性質を持っているということの差でもありました。
日本軍は確かに強かったのですが、日本の政治、外交、そしてマスコミ、知識人は国際政治の舞台に出るとまるで子供のように中途半端で、感情的になっていただけでした。
かくして二年ぐらいは日本の優勢で進んだ戦いでしたが、徐々にアメリカの物量戦に勝てなくなり、ガダルカナル島の戦い以後は、日本軍は後退につぐ後退を続け、ついに沖縄戦では有名な特攻機を出して最後の戦いをし、広島、長崎に原爆を落とされて終戦となります。
このような大東亜戦争の経過について歴史家、知識人は、「日本の無謀な戦争」として批判してきました。しかし、本著を読まれた読者の方は、「ナポレオンの無謀な戦い」と比較して、日本だけが特殊であったという印象は受けないと思います。
ナポレオンも一時はヨーロッパの多くを占領しましたが、ロシア戦ではフランス遠征軍はほぼ全滅し、さらにワーテルローの復活戦でも近衛兵の集団殺裁に及んでいます。
時代が大きく変化するときに、人間はどのように戦い、どのようになるのか、歴史全体を見ながら日本の評価をする必要があるでしょう。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720251108